読むだけで強くなれる剣道ブログ

大学まで全国区だった元剣士が剣道を理論的に分析するブログ。剣道の上達法、使える技をご紹介

私生活=剣道?

正月休みを経て、旧友と会ったりLINEでやりとりしている中で思ったことがある。

「何かで大成しようと思ったら爆発的なエネルギーが必要だ」ということ。成功した人間というのはエネルギーに溢れている。剣道を例に取ると、「負けてたまるか」「俺の方が強いに決まっている」「絶対勝つ」「何としても強くなってやる」という芯から溢れ出るエネルギーが必要。剣道で大成した人間もすべからくエネルギーに溢れた人間ばかりだ。

本題に入る前に個人的な話をしたい。

私は指導者に恵まれてきた。剣道がある程度強くなれたのは100%先生のおかげだ。剣道は「考える者が強い」というのは真実だが、先生はそう仕向けてくれた。だから、「100%先生のおかげ」だ。

私の先生はとにかく私生活のことに口うるさい人だった。タバコ、酒は当然厳禁、眉剃り、制服の裾、授業中を受ける姿勢や居眠り、他の先生に対する態度、本当に面倒くさい人だった。

だがしかし、口ではそう言いながら、「私生活の良くない生徒」を好んでいるように私には感じられた笑。何か問題があれば説教、ビンタ。私も幾度となく口の中から血を流した笑(体罰は教育に必要ないと今では思っているのだが)。それでも、先生は私のような生徒を明らかに好んでいた笑(子供というものは、こういうのを本当に鋭く感じ取る)。だから、いくら殴られようと心の底から先生を嫌うことができなかったのだ。

先生は「私生活が良くなかったら剣道は強くならない」とよく言っていた。しかし、現実はまったく違った笑。むしろ逆に近かった笑。高校生の時点から喫煙者の方が非喫煙者より剣道は強いし、勉強はしないやつのほうが強い。彼女と◯◯◯しまくったり、教師に反抗しまくったり、まあ簡単に言えばヤンチャなヤツのほうが強かった。

学校の先生は指導として生徒の私生活を正さざるを得ない。それも仕事の一部だからだ。だが、本心から私生活の良くない子供を憎むような大人(教師)は失格(というより不適格者)だと私は思う。私の先生はそうではなかったから私は今でも先生に感謝しているわけだ。

 

大人になって思うのは、子供のときというのは本当に何も知らずに生きていたんだな、ということ。だから色んなことをやってみたいと思うのは当然のことだ。大人の私達が「まだ行ったことのない国を旅行したい」「色んな女性と出会いたい」と思うのと同じように、「タバコを吸ってみたい」「酒を飲んでみたい」「ルーズな制服の着こなしをしてみたい」と思う。当然の感覚だ。先生に反抗するのや勉強をしないのも大人の反応を確かめる自然な好奇心だろう。だから、それに対して形式上の指導をするのは良いが、それを本心から憎むような大人(教師)がいたら、それは大人(教師)の方が悪いに決まっている。

しかし、残念ながら特に剣道界においてはそのような「固い」大人が非常に多い。先生だけでなく、年配の剣道家、OBなども「固い」。本当に「私生活=剣道」と思っているのなら、これまで幾多の有名剣士を見てきた私が100%否定してあげたい。「私生活が正しければ剣道が強い」という法則は一切ない。というより、剣道が強い人というのは頭をよく使う人なのだから、色んなことに興味があって当然なのだ。剣道が強い人に「クソ真面目」が少ないのも、ある意味理に適っているのかもしれない。

「私生活は荒れているけれど剣道は強い」「傲慢なやつだけど剣道のことは誰よりも考えている」特に子供のときはこんな感じで良いと思う(勿論、まともなことに興味を持つのも素晴らしいことだ)。大人になるに従って段々とトゲはなくなっていくものであるし、剣道のような「柱」があれば必ず魅力のある人間へと育つ。

 

冒頭に戻るが、考えてみれば人間というのは本来、エネルギーに溢れているものだと思う。赤ちゃんを見ていたらエネルギーの塊にしか見えない。それをしょうもない「私生活の正しさ」や「協調性」「空気読め、という風潮」「上下関係」などで削がれていき大人になるのではないだろうか。特にこの日本という国では。

このブログの読者の方はほとんどが「剣道強くなりたい」という熱い気持ちを持っていらっしゃると思う。そのエネルギーを大切にしてほしい。そして、本当に強くなりたかったら周りのことはあまり気にしない方が良い。

人間関係も上下関係も気にしない。

先生から言われることも気にしない。

自分が考えていることだけは、、、、気にする。

そういう楽観的なマインドが重要だと思う。

そして、剣道というのは不思議なもので、考えれば考えるほど面白くなってくる。「強くなりたい」というエネルギーがどんどん大きくなっていく。

そういうサイクルで剣道に取り組むことを私はおすすめする。